日常

社会人としての妻の成長。

こんにちは、関根です。

妻が患っていた境界性パーソナリティ障害が治ってから約2年半が経過しました。

僕の方針ではあるのですが、しばらくは社会から離れて心のケアを優先することにしていたので、完治後に少しゆっくりしてから妻は今度は社会復帰にチャレンジしました。

週3日ほどの仕事で、職場は徒歩5分以内。

これまで妻は仕事が長く続いた経験もなく、最長3ヶ月だったそうなのですが、今月末でなんと1年半が経過します。

よく頑張ってるなぁと心から感じます。

もちろんここまで来るまで常に平穏だったわけではありません。

途中何度か仕事を辞めたくなることも凹むこともあり、その都度しっかりと問題と向き合ってここまで乗り越えてくることができました。

結果論ですが、こういう結果になるにはしっかりとした因果があります。

例えば、社会人復帰を目指しすぐにフルタイムで仕事をしていたらどうなっているでしょうか。

もしかしたら肉体的にも精神的にも疲れ果てて、それこそ3ヶ月程度で辞めてしまっていたかもしれません。

仕事を始めるとき、妻から相談をされました。

妻:「週にどれくらいやったら良いかな?どれくらいなら大丈夫かな?」

僕:「ん〜、無理なく2日とか3日ぐらいが良いんじゃない?あとは最低いくら稼ぎたいかによって決めても良いと思うよ」

妻:(電卓カタカタカタ…)「じゃあ、週3からやってみようかな!」

僕:「大丈夫そうだったら増やせば良いし、きつかったら週2にしても良いんじゃない?」

しばらく社会から離れていて急に週5日のフルタイムで働くのは結構きついものです。

一家を支える大黒柱であればそうも言っていられないのですが、妻の場合は住むところ、食べるものはある種保証されているわけなので、ケアにフォーカスできます。

社会とのつながり

社会との繋がりは自己成長に大きく役立つことがあります。

この場合の自己成長とは、人間関係の難しさや楽しさを知るということでもあります。

僕は、無理やり社会と繋がりを持つ必要はないと思っていますし、不必要な人間関係を続けるのであれば自分の目標や成し遂げたいことに本気になるほうが良いと思っている人間です。

とはいえ、学びやケアの場合は違います。

妻は今住んでいる地域に友達がいないので、普段職場以外で外部の人と接触する機会はありません。

「人付き合いやコミュニケーション力を上げたい」というテーマを持つ場合であれば、この環境は決して良いとは言えません。

ですが、僕の力だけではここはどうすることもできません。

僕とだけ話せても、他の人と満足にコミュニケーションが取れるようにならないと根本のケアができません。

妻は、「人と話すのは好きだけど、何話したら良いかわからない」というタイプです。

ですから人と接すること自体は好きなんですよね。

それだったら周りの方々に協力してもらったほうが良いと思うので、職場の人と食事に行くことや、職場の人を家に連れて来てもOKと事前に何度も伝えています。

こうすることで縛りがなくなるので「好きにして良いんだ」と心が開放されるので、強いこだわりや自分を苦しめていた固定観念が徐々に軽減していきます。

成長ってやっぱり嬉しい

自分が成長していく様子は当然喜びを感じるのですが、妻の成長もやはり自分のことのように嬉しいです。

妻の場合は心の病気だったのですが、しっかりと向き合ってしっかりとケアを行えば、当たり前のように普通の日常生活が送れるようになるんだってことを妻から教わっている気がします。

今日、妻が仕事に行っていて、リビングでCoffeeを淹れている最中に「もうすぐ仕事始めて1年半か。すごいなぁ」と、ふと感じました。

どんなタイミングだよっていう話は置いといて、誰かにとっての1年半は「たかが1年半」かもしれませんが、妻や僕にとっては「もう1年半」なのです。

妻が今後いつまで仕事を続けるか、いつ他にやりたいことができるかそれは僕にはわかりません。

ですが、妻の意思を尊重していつでも良き理解者で良きサポーターでいようと思うことが僕のひとつの役目なのかなとも思っています。

夫婦の在り方における正解不正解は結果論です。

机上の空論では語れないので、全力で楽しくときには真剣に向き合っていこうと思います。

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