感じたこと

最期の最期まで自分にはなにができるか考えたいって思えた日。

2020年12月31日、大晦日の22時ごろに、最愛なるじーちゃんが病院で静かに息を引き取りました。

ツイートしたんですが、年齢を1つ間違えてて、満88歳、1月で89歳になる予定だったそうです。

 

ばーちゃんからはよく、『じーちゃんは本当に手がかからない人だぞー』とか、『なんにも文句言わない人だぞー』というのは聞いてたんですね。

実際、すごく穏やかな人で、きっと孫の中で僕が一番迷惑をかけたと思うんですけど、一度も怒られた記憶がないんですよ。

いつもニコニコして『こうへい、行くぞ!』とコンビニやお散歩に連れていってもらった思い出があります。

 

でですね、昨日こんな話を聞きました。

じーちゃんのお小遣いは毎月3万だったらしいんですね。銀行に行ったり下ろしたりするのはできないので、そこはばーちゃんがやってたみたいなんです。

とはいえ、お小遣いはほぼタバコ代なわけですが、封筒に33万円が入っていたみたいです。

その封筒には「葬儀代」と。

 

遺産というか、じーちゃんが一生懸命働いて残したお金とは関係なく、お小遣いから33万円。

ばーちゃんは、『こんなお金知らなかった。最期の最期まで迷惑かけない良いじーちゃんだった』って言ってました。

 

少し前から、「自分はもう長くない」って察してたのかな。

どんな気持ちで貯めてたのかって考えると、なんとも胸が熱くなります。

 

そしてなにより、感化されますね。

自分が死んでも少しでも迷惑かけないように、葬儀代の足しにでもなるようにと考えて貯めてたと思うんです。

金額じゃなく、なんならお金じゃないんです。

 

自分が最期の最期まで何ができるか、大事にしてくれた人や自分が大切な人になにができるか、こういう気づきをじーちゃんからもらいました。

 

じーちゃんは大きな病気もせず、ほぼ88歳まで生きることができました。

ですが、人はいつ病気になるかわからないし、いつ交通事故に遭うかも分かりません。

「いつか」のその「いつか」が叶わなくなっちゃうこともあるんですよね。

 

だからこそ、「最期はこうしたい」と考えるんじゃなく、今がその最期になってもいいように行動できるか、全力で自分のできることをやれるかが大切だと思うんです。

つらい経験を気づきや学びに変えて、ここからもう一度気を引き締めて生きていこうと思えました。

 

息子の成長記録も兼ねて、将来の息子へのメッセージとしてnoteでブログをはじめました。

そこで、息子にはじーちゃんが亡くなったことは伝えています。

 

 

もしよろしければ読んでみてくださーいっ。

-感じたこと

© 2021 SEKINE KOHEI OFFICIAL BLOG